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のろいの呪文
 

色々なハプニングがあったけど、あと2日でマサイマラともお別れ。
ダイアンに貸した5000シーリングを思い出した。
早く返してもらわないと、ダイアンに請求してみよう、忘れているのかもしれないしね。
近くにいつもウロウロしている彼は今日は何処に居るのだろう。
朝からお目にかかってないな。ドイツからも団体のゲストが到着しているから忙しいのだろう。
しかし私の時間は限られている、そんな事を考慮している余地はない、早く見つけて貸した物はちゃんと返してもらわなきゃ。
遅い朝食をカバを眺めながら食べた。
相変わらず下手な料理、ナプキンもシワシワだし雑巾色になっている。
でも大樹の木陰での食事は贅沢だ。
樹木からさす木漏れ日も、静けさも、緑の草も素足になついてくる。
まず客があまり居ないのがいい。
十分にスタッフと会話もできるし、一緒に過ごせる時間もある。
とても家庭的なところは抜群であるが、先刻述べたように。
全てが素人なのだ。準備中という感じである。
チャイを飲んでカバを見ていると、ダイアンが「おはよう、ミセスダイアン!」と挨拶してきた。私をミセスダイアンと呼ぶのは以前第二婦人にならないかと冗談をこめて真面目にいっていたからなのだ。
私は「オーケー、第二婦人ならいいな、だって自由はあるし、好きなこと出来るもんね」といって以来、私をミセスダイアンと呼ぶようになった。そんな経緯がありとても親切でよく話しかけてくる、電話も日本に居るとかけてくることもある。
国際電話高いのにと思い、私はかけなおしてあげる事もしばしばだが会話はいつも冗談ばかりで結構マサイ族では珍しいコメディアンである。
何しろ早口でよく喋るし冗談も私に匹敵するぐらい面白い。
だから周りに居る人は年中私達の会話に混ざって腹を抱えて笑う。
少し離れた所で仕事をしているスタッフも噴き出していることもしょっちゅうだ。

「ところでダイアン、5000シーリングそろそろ返してくれる?」と本題に入ると、態度が一変した。
あれほど喋り捲っていた口は貝殻のように閉じ、まるで水面から目と鼻だけを出している痩せこけたカバのようになってしまった。
あれっ?どうしたのと思い。
「5000シーリング今日中に返してね。夕食まで待ってあげるから。」 
笑っていた皆は静まり返った。事の成り行きを一部始終彼らは知っていた。一緒にサバンナで道に迷った仲間も数人いる。
彼らはきっと5000シーリングは私の手には戻って来ないのを知っているのだ。お金を平気でおねだりするケニヤ人。
真紀さんの言うとおりだ、きっとお金は返ってこないだろう。
でも私はミセスダイアン、何としても取り戻さねば日本に帰れないし。
ミセスダイアンも解消せねばならない。
ダイアンにとって恐ろしい夕方がやって来た。
約束した、夕食の時間にお金を返すと。
指きりまでしたのだ、その意味が分かってるか疑問だが、マサイ族の民芸品の彫刻のように硬くなった顔、無理に小指を引っ張って約束したのだ、そしてこれがどんなに日本人にとって重要な儀式なのかを説明した。
私はゆっくりとこの呪文を「約束拳万、うそついたら針千本の~ま~す。」とダイアンに悪霊に取り付かれたような顔で凝視して唱えた。
それはきっと恐ろしいのろいの呪文に聞こえたのかもしれない。
ケニヤ人は呪文とか呪いに弱いのを知っていたので、特に大げさに呪文を唱えた。
スタッフはそれを自分達にかけられたかのように凍り付いていた。

最後にダイアンにいった、「5000シーリングで2人の友情が消えてしまわないようにお祈りするわ、貴方はマサイの戦士だったのだから信じている」と優しく悪魔の笑みをこぼして付け加えた。
夕食までにダイアンは5000シーリングをそろえることは出来なかったし、私から催促されるとは夢にも思っていなかったようだ。
明日の夕刻7時までにラウンジのこの椅子で待っているとダイアンに告げた。その後ダイアンは姿を消し翌朝も姿を見ることは出来なかった。
午後姿が木々の間から見えたが、私に気づくと煙のように消えた。
でも夕方まで黙って私は待つことにした。
約束の7時が迫ってきた、指名したラウンジのソファーに座って私はわずかな残された時間を、大好きな南アフリカワインを口に含ませながら待った。ラウンジの中央にある古い時計が7時をさした。
ダイアンは現れない、私が几帳面すぎるのか少しの遅刻は許すことにした。それにしても遅いな、10分が過ぎ15分が過ぎた。
私は立ち上がりスタッフにダイアンの居場所を聞いた。
台所にいるらしい。
フェースが呼んできてあげるといって台所に行った。
しばらくすると大きな目のやせたマサイ族ダイアンが茂みから出てきて、ラウンジにすわっている私の前に現れた。他のスタッフも大勢いた。
時間を見て夕食をとっている者も居たのでほとんどのスタッフは声の届く範囲にいた。
ゲストが他に居なかったのを幸いに、ダイアンに直視して尋ねた、「5000シーリングどうしたの?」なぜか私は自分がギャングの姐御のように思えた。演じている私も心の中では必死である。
金の切れ目が縁の切れ目にしたくは無かった。
ダイアンはポケットから5000シーリングを出して私に手渡した。
驚いた。呪文が効いたのだ!驚きは見せまいと頑張った。
ダイアンの戦士魂を褒めた。
同時にどうやって集めたかすぐに次の疑問が頭をかすめた。
聞いてみると、台所に居るスタッフからそして他のスタッフに頭を下げてかき集めたといっていた。彼の給料は6000シーリング。
なぜ私から1ヶ月分の給料に匹敵する莫大なお金を借りたのだろう?
初めから返す当てなどなかったのだ。
すぐにかき集めたのは偽りであると私の耳に入った、腹違いの兄から借りたらしい、ダイアンのお兄さんはこのホテルのマネージャーというポジションに就いている、今2件目の家を近くの町に建てるという、ここでは大金持ちらしい、それ以外にも私が滞在しているホテルの広大な敷地は全部彼のものでホテルオーナーのギリシャ人に30年契約で賃貸しているのだ。彼は西洋の文化に犯されたまん丸のマサイ族だった。
私はそっと彼に聞いてみたのだ。
誰もが貧しいのに貸してくれるわけが無いと思った。
でも彼にもプライドがあったのだろう。
兄に甘えマサイ戦士の恥を見せたくなかったのかもしれない。
でもどんな事であれダイアンが返してくれたことが嬉しかった。
だってそれは私を大切な友人とみなしている事だ。
5000シーリングは私の手に返ってきた。そして友情も元通り返ってきた。スタッフにも笑顔が戻り、気がついたら皆拍手していた。
よくやった、すごい日本人と思ったのか、とにもかくにも全てがもとの鞘に収まった。ダイアンは又コメディアンに戻り、私もジョークを飛ばした。5000シーリングは日本円にしたら大体1万円。
ダイアンが喜んでお土産を買っていた姿が浮かんだそして私にまで買ってくれた白い花嫁衣裳。今度会える私の第二号夫は何時だろう。
翌朝ジープが迎えに来た、いつもの門番が丸太の門をあけ、思いで多いロッジを後にした。

振り向くと見送ってくれたダイアン、フェースそして皆の姿も無かった。私とドライバーは無言のまま大平原へと出た。
窓をあけたらサバンナの風は私の頬に触れ通り抜けていった。
シマウマが草を食べていた。
ハイエナが気まずそうにあるいている。
いつもの変わらない風景が続く。
もうすぐエアーストリップ(囲いの無い草原の飛行場)。
赤い布をまとい、自転車に乗った3人のマサイ族の青年とすれ違うと手を振って挨拶してくれた。
「こんにちは~」、「さよならサバンナ(旅)」とわたしも手を振った。



   
 
     
ミセスダイアンとミスターダイアン



伊藤 良子著 
2008年2月27日




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